入院を伴う治験においては、被験者の食事は医療機関が用意する。市販の弁当を手配するケースや、提携先の給食施設で食事を用意するケースなどがあるが、厨房を備える大阪治験病院では、原則としてプロトコールに合わせた入院食をその都度調理して提供している。献立を作成する管理栄養士に、仕事の内容などについて聞いた。

食材をグラム単位で量って調整。
治験の現場ならではの緊張感。


仕事の内容を教えてください。

入院している被験者さんの食事を用意しています。私たち管理栄養士の主な仕事は、献立を考えること。エネルギーや栄養素の総量を計算しながら、プロトコールと食事摂取基準に則した献立を作成し、調理師につくってもらいます。

治験の食事ならではの特長は何ですか。

原則として、入院中の被験者さんは、定められた食事を定められた時間に食べる必要があります。提供されたもの以外は口にできませんし、提供された食事は完食しなければいけません。一方、私たちは、被験者さん全員に同じ内容の食事を提供するため、食材や調味料をグラム単位で量り、調理方法を統一して、オンタイムで食事が提供できるように準備をします。すべては正確に試験を行うためですが、入職した当時は、他の医療機関とは異なる独特の緊張感に驚きました。

毎回必ず調理した食事を提供するのでしょうか。

まれにそうでないケースがあります。同じ医療法人 平心会の医療機関でも、OCROMクリニック(大阪)とToCROMクリニック(東京)には厨房がないので、調理ができません。その2医療機関で食事を提供する場合は、市販の冷凍弁当などを採用しています。 一度、大阪治験病院も含む3医療機関合同で、高脂肪食を提供する試験がありました。高脂肪という条件に合う冷凍弁当がなかなか見つかず、そのときは全国展開しているコンビニエンスストアのお惣菜を組み合わせて献立をつくることにしました。ところが、同じ名前の商品にもかかわらず、大阪と東京で商品の内容が微妙に異なることが判明しまして……。小さな違いではあったのですが、「もしもこれが試験結果に影響したら」と考えると見過ごせず、東西の差がないお惣菜を見つけるのに苦心したことを覚えています。


食習慣や食文化が異なる人への
配慮が必要な外国人試験。


外国人試験が行われる際、注意していることはありますか。

外国人の被験者さんの中には、たとえば菜食主義であったり、ムスリムであったりと、日本とは異なる食習慣や食文化をもつ方がいます。そのような方々にも安心して入院生活を送っていただけるように、必要に応じて、肉を使うことを避けたり、ハラル認証された調味料を採用したりするようにしています。

外国人試験用の献立をつくる方法は、どうやって学びましたか。

文献や資料から学ぶことも多いですが、やはり、実際の試験を経験することが、一番の学びになると思います。最初の頃は、タンパク源を豆腐ばかりに頼る献立をつくっていました。ただ、豆腐ばかりでは味気ないだろうと、次第に大豆ミートを取り入れるようになりました。さらに、個人的にベジタリアンカフェに通ったり、ネットや雑誌からレシピを収集したりしながら、菜食主義やムスリムの方々に対応できる料理のバリエーションを増やしていきました。今後も知識や技術を伸ばしていきたいと思います。 最近、これまでで最長になる2週間に及ぶ外国人試験がありました。菜食主義・ムスリムではない被験者さんも多かったのですが、食事の内容を統一しなければならないため、菜食主義・ムスリムの被験者さんに合わせた献立を2週間分作成しました。菜食主義・ムスリムではない被験者さんに受け入れていただけるか心配しましたが、試験後のアンケートでは食事に不満を感じた方が10%未満という結果が出て、まずはほっとしています。


入院中の被験者を支える
「おいしい」へのこだわり。


献立を作成するときに心がけていることは何ですか。

まずは、プロトコールや食事摂取基準のルールを厳守すること。それは大前提として、次に大切にしているのは、被験者さんに「おいしい」と思っていただける献立をつくることです。被験者さんにとって、食事は入院中の大きな楽しみのひとつ。皆さんの期待に応えるため、知恵を絞って、もてる技術を駆使して、食事を用意しています。

おいしい食事を提供する難しさは何ですか。

あらゆる人の「おいしい」をめざさなければならないことです。年齢、性別、国籍、好みが異なるすべての被験者さんに「おいしい」と感じていただくことは至難の業です。珍しい料理や独特の味つけは、喜ぶ人もいれば、戸惑う人もいます。スタンダードな家庭料理が結局一番受け入れられやすいのですが、でも、そればかりだと飽きてしまいます。特に、大阪治験病院はリピーターの被験者さんが多いので、同じメニューばかりだと「またか」と思ってしまうでしょう。王道を守りながら、新しいエッセンスを加えて、いつでも「今日はどんな食事かな」とわくわくしてもらえる献立をつくり続ける。それが難しいところです。

おいしい食事を提供するために、行っていることはありますか。

試験を終えた被験者さんに、アンケートを配っています。どの料理がおいしかったか、どの料理が口に合わなかったか、理由も含めて答えていただき、次の献立づくりに活かしています。ありがたいことに、毎回9割近くの方が食事に満足したと回答してくださり、「おいしかった」「また食べに来たい」といったご意見もいただいています。入院食が、前向きに治験をとらえるきっかけや、治験に協力するきっかけになれば幸いです。


入院食をつくることで
医薬品開発に貢献したい。


製薬会社に勤める方々に対して、伝えたいことはありますか。

大阪治験病院栄養室では、プロトコールと食事摂取基準を遵守した食事の提供を行っています。その特長は、管理栄養士・調理師が常勤し、それぞれが強固な連携体制をとり、献立の作成から調理まで、きめ細かい対応ができる点です。高脂肪食・低脂肪食を用いた試験など、食事が関わる治験は、安心してお任せください。入院食を通して、正確・確実な試験の遂行に貢献したいと思います。

(公開日:2023年 8月 29日)