2021年2月、国内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種が始まった。ここで使われたのは、政府が契約を結ぶ製薬会社が開発した海外製のワクチンだ。世界的にワクチンの需要が高まるなか、今後海外から期待通りの量が供給され続けるとは限らない。日本中の人が、国産ワクチンの一日も早い開発を期待している。
今回は、国産ワクチンの開発に関わる治験責任医師に話を聞いた。大学院時代から治験に携わる松岡治医師は、現在は治験に特化した医療機関の所長を務める。20年以上にわたって治験の最前線を走り続ける松岡医師は、新型コロナウイルス感染症のワクチン治験にどのような姿勢で向き合っているのか。

治験に特化した環境を活かし
平心会の3施設で500例中250例を担当。


現在携わっている治験について教えてください。

ToCROMクリニックでは、昨年11月より新型コロナウイルス感染症ワクチンの治験に携わっています。核酸ワクチンの第Ⅱ・Ⅲ相試験で、全500例中250例を平心会の3施設で、そのうち80例をToCROMクリニックで受託しました。進捗状況を明かすことはできませんが、他のケースと同様、治験実施計画書に沿ってワクチンの安全性・免疫原性・有効性を厳密に評価しています。
なお、同じ医療法人平心会の他機関においては、別の製薬会社が手がける新型コロナウイルス感染症ワクチンの治験が行われています。こちらは、第Ⅰ相試験で60例を受託しています。

治療薬とワクチンの違いは何でしょうか。

感染症には、大きく分けてふたつの対応方法があります。ひとつは治療です。罹患された方に対する治療薬として、現在も新しい薬剤の開発が行われており、既存の薬剤の治療効果についても検討されています。もうひとつの対応方法がワクチンです。ワクチンには、罹患を予防すること、罹患したとしても重症化を防ぐこと、また、感染拡大を抑制することが期待されています。

スピードが求められるからこそ
基本に立ち返る姿勢を。


今回の治験で気をつけていることは何ですか。

新型コロナウイルス感染症は重症化すると肺炎を引き起こし、最悪の場合は死に至ることもあります。血栓症になる可能性も報告されており、解明されていないところが多々あります。私たちは、被験者に発現するあらゆる事象を注意深く観察し、慎重に治験を進めなければなりません。そして、被験者の方々には、治験の内容を十分ご理解いただき、ご自身の意思で参加をご判断いただく必要があります。このように安全性と倫理性を重んじる姿勢は、あらゆる治験において、私たちがもっとも重視しているところです。しかし、今回は速さが求められるケースだからこそ、そのような基本が疎かにならないよう、特に注意を払う必要があると考えています。

今回の治験を行うにあたって、医療法人平心会の強みはありますか。

「新型コロナウイルス感染症ワクチンの治験」という条件に限りませんが、やはり、治験に特化した医療機関として長年実績を積んできたことは強みであると思います。たとえば有害事象が起こり、適切かつ迅速な治療・処置が求められるときは、蓄えてきた知識と経験が役に立つでしょう。製薬会社のご依頼やご要望にも、きめ細かい対応ができると思います。治験と関わることで築いてきたものが、ワクチンの開発に貢献できれば嬉しいですね。

国内外で複数の企業が
ワクチン開発に取り組む意義。


複数の会社がワクチンを開発していますが、効果が高いものはどれでしょうか。

欧州では3社のワクチンが認められています(2021年1月31日現在)。2回接種した場合の有効率は約95%・約94・約70%とばらつきがあり、保存条件にも差があります。ひと口にワクチンといっても、それぞれに特徴があります。早く開発できるもの、有効性が高いもの、安全性が高いもの、保存しやすいものなど。同じ製品でも、接種する人の体質や体調によって効果が変わる場合もあります。有効率だけに注目してワクチンの良し悪しを判断することはできません。国内外の接種状況やその効果を冷静に観察して、これから慎重に判断していくことが重要だと思います。

ワクチンの接種に抵抗を感じる人に対して、どのように考えますか。

ワクチンに不安や抵抗を感じる方がいるのは当然のことです。新型コロナウイルス感染症に関しては重症化や死亡の割合は高齢者で高く、若者は低い傾向にあります。無症状で済む方もいらっしゃいます。中には「接種する必要はない」と考える人もいるでしょう。そのような感じ方・考え方は尊重されるべきだと思います。重要なのは、ワクチンを接種するか否か、その選択肢があるということではないでしょうか。さまざまなタイプのワクチンが揃っていて、その効果や副作用を理解したうえで、どれを接種するか、まったく接種しないで過ごすか、一人ひとりが判断できる。そんな状況が理想ではないかと考えています。
たくさんの方々にいち早くワクチンが届くよう、被験者の方々はもちろん、スタッフの感染防止対策・健康管理にも留意し、治験を行っています。

ワクチンの臨床開発者に対して、メッセージはありますか。

新型コロナウイルス感染症が世界中で広まり、これによって亡くなる方、重い合併症に苦しむ方がたくさんいらっしゃいます。ワクチン開発に携わる皆さまにおかれましては、日夜多くの力を業務に注いでいただいていることに敬意を表します。同じ医療に関わる者として、少しでも人々の健康に、ひいてはその幸せに貢献できるよう、力を合わせていければと思います。ワクチンの開発は、きっとそこにつながるはずです。微力ではありますが、そう信じて真摯に業務に取り組んでいきたいと考えています。